六日町は緑が綺麗な田園風景と、透き通った川、そして周囲を山々に囲まれたとても自然豊かなところでした。空気がとてもおいしく、思わず深呼吸をしました。長閑な景色を眺めつつ私は南魚沼市民病院に向かいました。病院スタッフ一同に温かく迎え入れていただき、緊張もすぐに解けました。
初めての外来診察で、患者さんに不安を与えぬよう目に見えないところに医学書を忍ばせつつ、話を聞きながら適切な検査を考え、即日実施できる検査や結果が出る検査ばかりではないため、その検査日程やその後の結果説明、そしてそれまでの処方をどうするか、入院であればまた明日考えればよいことも、外来では診察室で全て完結させないと患者さんを帰宅させられず、また、きちんと納得してもらうためには充分な説明も必要であり、しかし目の前でじっくり調べるわけにもいかず、患者さんが診察室に入室する前や、検査で一時退室している隙に、本を片っ端からあさったり、上級医に相談をする毎日でした。
それだけでも私としては精一杯でしたが、外来の最中、病棟業務も同時進行しなければならず、入院患者さんの中には重症敗血症患者さんや腫瘍学的緊急症で緊急治療や転院治療を急ぐ患者さんもおり、容態が変わるたびに何度もPHSが鳴りその対応に追われました。そして治療の重大局面では主治医として自ら家族へICを行ったり、退院や転院にむけて自ら施設や家族に連絡をとり環境調整を行いました。また、往診先の施設入所者が亡くなった際に、死亡診断をしに施設まで足を運んだこともありました。まだ2年目の研修医で正直大学病院では見学に徹する場面もありますが、ここでは研修医としては見られず、一医師として役割を果たすことが当然のように求められ、とても身が引き締まる思いでした。
一時は入院患者数が膨れ上がり、開院以来最高記録となる病床稼働率となったそうで、とてもしんどい時もありましたが、なんとか乗り越えられたのは、薬や検査、ケアについて分からないことは、上級医や薬剤師、技師、看護師さん、どなたもどんな時も親切に教えて下さったお陰であり、ここまで主体的に医療に関われたのは南魚沼市民病院だったからだと思います。
来た頃にはまだ青かった稲穂が、この一か月でみるみる黄色付き、ちらほら稲刈りが始まっているところもありました。稲の成長と共に自分自身の成長も感じた1か月でした。首を垂れた私は無事大宮へ出荷となりました。